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ものづくりへの想いを胸に、日本へ。6年間インダストリアルデザインを学んだ僕が、ビズリーチを選んだ理由。

今回は、2016年4月にデザイナー職として新卒入社し、現在は、株式会社ビズリーチのキャリトレ事業部所属の殷瑞さんに「パーソナルヒストリーインタビュー」を行いました。半生を振り返りながら、殷さんが大切にしている価値観や信条に迫りました。

※本記事の撮り下ろし写真は、コロナウイルス感染に配慮し、十分な距離をとって撮影しています。


プロフィール

殷 瑞/Yin Rui
中国出身。母国の大学を卒業後、筑波大学大学院に入学。6年間にわたりインダストリアルデザインを学ぶ。2016年4月に新卒で株式会社ビズリーチに入社。キャリトレ事業部で、デザイナーとしてサービスのリブランディング、リニューアルを経験した後、現在はマネージャーとして、プロダクトの改善などを担当している。


夢中になって絵を描き続けた学生時代

──今回は、殷さんのこれまでの人生を遡りながらお話を聞かせていただきます。よろしくお願いします!

はい、よろしくお願いします。

──まず、幼少期や学生時代のお話から聞かせてください。

中国の山東省で生まれ育ちました。

小さい頃から絵を描くことに夢中になっていました。今でも、車の絵を描いていた時のことをよく覚えています。僕が住んでいた町は山東省の中でも田舎の地域にあって、当時は車が珍しかったんですよね。だから、たまたま町で車を見かけた時はとても嬉しくて、家に帰って思い出しながら絵を描いていました。

小学生になってからは中国画を学んで、花や鳥、風景などの絵を描く練習をしていました。当時から、「将来は、絵を描く人になりたい」と考えていたので、今から振り返ると、小学生ながらに必死に努力していたと思います。そして、当時から絵を描くことに打ち込んでいた僕を、両親は温かく見守りサポートしてくれました。だからこそ僕は、絵を描くことに専念できていたのだと思います。

また、授業以外の時間も、教科書の隅にパラパラ漫画を描いて遊んでいました。中国でも、日本の少し古いアニメが吹き替えでテレビ放映されていて、当時よく観ていた「スラムダンク」のキャラクターの漫画を描いていたのを覚えています。

──中学や高校時代は、どのように過ごしていましたか?

それまでと変わらず、中学に入ってからも絵を描き続けていました。その熱量は、どんどん高くなっていたと思います。高校では、新しい挑戦としてデッサンを学びました。

──当時は、その後の進路についてどのように考えていましたか?

僕が住んでいた地域は、都心部と比べて大学進学率がとても低かったのですが、大学に行けば、将来の選択肢や可能性が大きく広がると思っていたので、大学受験に挑戦したいと考えていました。両親も応援してくれて、高校時代は必死に勉強しました。

──当時のことを振り返ってみていかがですか?

僕は、日本におけるセンター試験のような共通試験と、大学独自の美術試験を組み合わせる方式の受験に挑戦したのですが、ライバルは、小学生の時から大学受験の対策をしている人たちでした。そうしたライバルに負けないために、僕は高校の3年間で、他の人の何倍も努力する必要がありましたが、昔から一つのことに集中して打ち込むタイプだったので、努力を重ねるたびに、少しずつ手ごたえを得ることができました。

そして、陝西省の総合大学の芸術デザイン学部に合格することができました。合格した時は、それまでの努力が報われた気がして、とても嬉しかったです。


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大学1年生の時に履修した「平面構成」の授業。


美しく機能的なインダストリアルデザインに魅了され、日本へ。

──大学時代には、どのようなことに打ち込んでいましたか?

大学では、テレビや冷蔵庫などのインダストリアルデザインを専攻していて、授業以外の時間も使って、PCや携帯のデザインイメージを何枚も描いていました。

──中国の大学を卒業した後、殷さんは、日本へ引越し、筑波大学の院へ進学していますよね。そもそも、日本に興味を持ったきっかけは何だったのでしょうか?

親戚のおじさんが、長い間トヨタでエンジニアとして働いていて、旧正月に親戚が集まる席で、ものづくりにおいて日本が世界をリードしてきた話を聞いていました。そのため、小さい頃から日本に興味を持っていて、日本の製品について調べるなかで、さらに惹かれていきました。

大学に入ってからは、ソニーやパナソニックの家電製品の広告を見るのが好きでしたね。日本からは、単に美しいだけでなく、機能的な製品が数多く生まれていることを知り、どんどん魅了されていきました。

また、日本のプロダクトデザイナーについてもいろいろと調べ、その中でも特に、深澤直人さんに憧れていました。彼が手掛けた携帯電話は中国では流通していませんでしたが、インターネットで調べ、「なぜ、このようなデザインになったのか?」と自分なりに考察していました。


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インダストリアルデザインの授業で描いたスケッチ。


──大学院では、どのようなことを学んだのでしょうか?

大学時代の延長で、インダストリアルデザインを専攻しました。この時期に、実際に企業がどのように製品を生み出しているのかを学び、僕自身のデザインに対する考え方が大きく変化しました。

それまでの僕は、「より機能的なものを、より美しいものを生み出したい」という想いでインダストリアルデザインを学んでいましたが、ビジネスとしてものづくりを進める上では、コストや期限など様々な制約があることを学びました。もちろん、「そうした制約の中でいかに良いものを作るか」というテーマはとてもやりがいのあるものでしたが、これらを学ぶ過程で、「自分が世の中にどのような価値を届けたいのか」「どのようなデザイナーになりたいのか」ということを改めて考えるようになりました。

その後、いろいろな業界について調べるなかで、IT業界の多くの会社では、効果検証を繰り返しながら、ユーザーに価値あるプロダクトを届けるためにスピーディーにPDCAを回していることを知りました。そして、これこそが僕の理想とする働き方であると思い、IT業界に興味を持ち始めました。


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大学院の卒業式。


6年間インダストリアルデザインを学んだことは、決して「失敗」ではなかった。

──数あるIT企業の中から、ビズリーチを選んだ理由や経緯について教えてください。

最初にビズリーチを知ったきっかけは、ある求人情報サイトでした。当時のビズリーチが掲げていた「インターネットの力で、世の中の選択肢と可能性を広げていく」というミッションを見た時のことが強く印象に残っています。僕自身、大学に入学して、さらに、日本へ来たことで、人生における選択肢や可能性が広がっていく経験をしていました。だからこそ、このミッションに共感し、応募を決めました。

一次面接では、ガリさん(福山憲司さん)と、大学院時代のポートフォリオをもとに、「どのような課題を解決するために作ったのか?」について話しました。

その後、二次面接では、(竹内)真さん(現・ビジョナル株式会社 取締役CTO)から、「これまでの人生における一番大きな失敗」について聞かれました。僕は、「6年間インダストリアルデザインを学んだにもかかわらず、今は、製造業とは全く異なるIT業界を目指している。」「インダストリアルデザインを専攻するという選択は、もしかしたら失敗だったのかもしれない。」「ただ、人が使うものを作るという意味ではWebプロダクトと同じなので、6年間の学びをIT業界でも活かせるかもしれない。」という話をしました。

それに対して真さんは、「リアルのプロダクトであってもWebプロダクトであっても、僕たちが生活や業務において使うものは、何かしらの課題を解決するためのソリューションであるという意味で共通している。だから、これまで勉強してきたことは決して無駄にはならない。」と話してくれました。

その時、この会社の「課題」や「ソリューション」に関する考え方についてとても共感し、ここで働くことができたら、世の中に価値あるプロダクトを送り出せるのではないかと考え、入社を決めました。

また、これは些細なことではあるのですが、ビズリーチに行くたびに、オフィスのデザインからクリエイティブへのこだわりを感じられたことも、入社を決断する理由の一つになりました。

クロスタワー12階の「Ocean」エリアの装飾からは特に意匠を感じられて、一つ一つの椅子も有名なデザイナーが手掛けたものであることに気付きました。これほどまでに、オフィスの内装にこだわっているということは、きっとクリエイティブを尊重する人たちが集まっているのだろうと思いましたね。

──入社してから現在まで、殷さんはキャリトレ事業部で「キャリトレ」のデザインに携わられていますよね。これまでの4年半を振り返って、最も印象に残っている出来事はありますか?

入社2年目の頃、イラストを取り入れたLPをデザインした時のことです。それまで、イラストを軸に据えたLPを手掛けたことがなかったので、はじめは落としどころを見つけるのに苦労しました。ただ、たくさん勉強したり、先輩からアドバイスをもらいながら、とにかく試行錯誤を繰り返していきました。

デザインレビュー会では、毎日のように先輩や上司からフィードバックをもらいました。その時に、「そのデザインで、本当にユーザーに伝わるか?」「キャリトレ事業部が向き合っている課題を解決できるか?」といった観点から的確なアドバイスをもらえたからこそ、短い納期ではありましたが、無事にそのプロジェクトを完遂することができました。

あの時に学んだのは、一つのアウトプットを生み出すまでには、多種多様な技術をはじめ、無数のインプットをする必要があるけれど、そうしたインプットは決して無駄にはならないということです。特にこの会社では、自分の努力次第で、いくつもの挑戦の機会を得ることができるからこそ、一度学んだことを活用できるシチュエーションも多いと思っています。実際に、当時試したアニメーション技術を、現在進めているアプリのリニューアルに活かすことができました。

日々、貪欲に学び続け、果敢にチャレンジし続けることができるこの環境に、心から感謝しています。


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定例MTGの様子。(現在、組織ごとの判断で、必要に応じて任意で出社しています)


──今後、Visional、もしくは、ビズリーチで、挑戦したいことについて教えてください。

一緒に働く仲間たちが課題解決志向を持っていて、チームの方向性にブレがないからこそ、その課題を解決するために、常に新しい技術を学び続けていきたいと思っています。

「課題」の捉え方にもよりますが、5G時代において、ユーザー体験を向上させていくためには、インタラクションやアニメーションなどの技術がより重要になってくるはずです。そうした技術や知見を、チームの財産として共有し残していけるような存在でありたいですね。

そういった意味で、日本に限らず、世界を視野に入れながら、日々、学び続けていきたいです。そして、キャリトレ事業部の成長にコミットし続けられるようなデザイナーでありたいと思っています。

──本日は、お時間をいただきありがとうございました!

ありがとうございました!


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この記事の執筆担当者

松本 侃士/Matsumoto Tsuyoshi
1991年生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業。2014年、音楽メディア企業に新卒入社し、音楽雑誌・ウェブサイトの編集や、採用などを経験。2018年、株式会社ビズリーチへ編集者として入社。現在は、人財採用本部・採用マーケティンググループで、「ALL VISIONAL」の運営などを担当している。

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