全ては、事業の成長のために。デザイナーの役割に閉じず、越境し続けてきた7年間を振り返る。
今回は、2015年に株式会社ビズリーチにキャリア入社し、現在は、「ビズリーチ」「キャリトレ」「ビズリーチ・キャンパス」のマーケティング施策におけるコミュニケーションデザインを担うチームのマネージャーを務める梅林千恵さんにインタビューを行いました。
これまでのキャリアを振り返りながら、梅林さんが大切にしている価値観や信条に迫りました。
プロフィール
世の中にとって価値ある事業の成長を推進しながら、自分自身も成長し続けたい。
──過去のインタビューの中でも語られているように、梅林さんは、サーバーサイドエンジニア職としてキャリアをスタートさせて、2つのWeb制作会社で経験を積んできました。次の挑戦の場として、ビズリーチを選んだ理由について教えてください。
前職も渋谷で、ビズリーチのオフィスが入っているクロスタワーの近くにオフィスがありました。たまたまクロスタワーに用事があって立ち寄った際、偶然新卒で入社した会社の先輩と再会しました。その方は当時ビズリーチで働いていて、その偶然の再会をきっかけに、南(壮一郎)さん(Visional代表)が登壇するビズリーチのキャリアイベントに誘ってもらいました。
その時に、南さんが「インターネットの力で、世の中の選択肢と可能性を広げていきたい」「世の中の課題を解決したい」と熱くお話しされていたのが印象的でした。それに加えて、そのイベントに参加していたビズリーチの社員の方たちも、「世の中に大きなインパクトを与えるような事業をつくりたい」「お客様が向き合う課題を一緒に解決したい」と、誇らしげに楽しそうに話していたのもすごく印象的でした。
その時はHR Techに関する経験や知識は全くなかったのですが、そうしたお話を聞いて、ここで働く自分の姿を想像してワクワクしたのを覚えています。今までの自分の働き方は、どちらかと言えば、自分のスキルを伸ばすことに重きを置いていたのですが、身に付けたスキルを活かして世の中やお客様の課題と向き合いながら社会貢献するという働き方にとても惹かれました。
そして、この人たちと一緒に事業づくりに挑戦したいと思い、2015年にフロントエンドエンジニアとして入社しました。
──実際に入社してみて、どのようなことを感じましたか?
受託の制作会社での勤務が長かったので、はじめは事業会社やビズリーチのカルチャーに馴染むのに、とても時間がかかり苦労した記憶があります。
それまでの制作会社での働き方は、縦割りの組織の中でいかに速く多く効率的に案件を対応するかでバリューを出せたのですが、事業会社では決められたものを作るのではなく、何かを解決するために、何をどう作るのかを考えるということが当たり前に求められました。その習慣がそれまでの私にはなく、馴染むのにとても時間がかかりました。
ビズリーチに入って一番最初に担当した案件が、自社の採用イベントのLP制作だったのですが、人事担当者が用意した原稿をそのまま流し込んでページを作成し、チームの人に確認をしてもらった際に「このテキストだと、イベントの魅力が伝わらないんじゃない?」というフィードバックをもらいました。
「もらった原稿を入れたのに…」と、正直何がいけないのか、どう改善したらいいのか分からず、「テキストを考えるのは人事の役割で、私の仕事ではない」とさえ思い、悶々としていました。LPを構成する要素としてではなく、ただの素材としてしか見ていなかったんですよね、当時は。
──何か思考や行動を変えるきっかけはあったのでしょうか?
その頃、たまたま(竹内)真さん(ビジョナル株式会社 取締役 CTO)と会話する機会があり、いろいろと相談するなかで「こう考えてみるのはどう? ”みんなで良いものを作る”って」という言葉をかけてもらいました。すごく納得して、「頼まれたものを作る」のではなく、「チームのみんなで一緒に良いものを作る」という考えができるようになりました。
それからは、良いものを作るために、自分の役割にとらわれずに仲間と協力し合うことを何よりも強く意識するようになりました。あの時に思考や行動を前向きに変化できたことは、ビズリーチに入社して最初の大きなターニングポイントとなりました。
「総合格闘家」として、バリューを発揮する領域を広げていく。
──梅林さんは、入社後、キャリトレ事業部でフロントエンドエンジニアとして働いていましたが、その役割にとらわれることなく、広告のコピーライティングにも挑戦しましたね。当時のことを振り返ってみて、いかがですか?
当時、フロントエンドエンジニア以外にも、自分が価値貢献できることを増やしたいと考えていた時期で、たまたま職種横断でサービスの広告コピーを新たに考えるプロジェクトに参加する機会がありました。
私自身はフロントエンドエンジニアではあったのですが、ユーザーはどんなインサイトを持っているのかを探り、サービスの価値を伝えるためにはどんな表現がよいのかを考えてコピーを作ったり、LPの情報設計に挑戦する機会をもらいました。
このように、この会社には良い意味でそれぞれが自身の職種の役割に縛られないカルチャーがあって、それが、私がエンジニアでありながらコピーライティングに挑戦する後押しとなりました。
──まさに、越境しながらご自身がバリューを発揮できる領域を広げていった例ですね。
ありがとうございます。越境という言葉もありますが、それを突き詰めていくと、職種という考え方もなくなっていくかもしれないと思っていて。
私、名刺の肩書きにデザイナーって書くのが嫌なんですよ。それは、その肩書きが自分の役割を限定してしまうように感じるからです。もちろん、社外の方に自己紹介する時には必要な肩書きであることは間違いないのですが、私の中では、デザイナーよりも、あらゆる技を駆使して闘う「総合格闘家」のような言葉のほうがしっくりきています。(笑)
もちろん、ビジュアルを作ることもデザイナーの大事な役割ですが、その前にまず要件を整理する必要があり、そのためには、自分の足で情報収集をして一次情報に触れて、事業やお客様について深く理解することが必要になります。そのうえで関係者と合意形成をして物事を推進する、そうした総合力が求められているとこの会社に来てから日々感じています。
──その後、梅林さんは、「ビズリーチ」と「HRMOS」のビジネスマーケティング(サービスをご利用する企業様に向けたマーケティング施策/以下、Bマーケ)を担当するチームに異動して、フロントエンドエンジニアからデザイナーへ大きなキャリアチェンジをしましたね。
はい。スモールチームだったので、案件数が増えてきたなかでデザイナーの人手が足りなくなり挑戦させていただきました。大学の時に独学でデザインをやっていて、もともとはデザイナーになりたかったので、実務としては初めてで不安もありましたが、やりたかったことに挑戦できるチャンスが目の前にあるのであれば、とりあえずチャレンジしてみようという気持ちでした。
あとは、先ほどの話にも重なりますが、もともとフロントエンドエンジニアという役割にはとらわれずに、事業を前に進めていくために必要なことはどんどん挑戦していこうという気持ちも強かったので、自然の流れで迷いはなかったですね。フロントエンドの実装の案件よりも広告制作の割合が多く、徐々にデザイン業務がメインとなり、気付いたらデザイナーにシフトしていました。
Bマーケに異動してからは、デザイナーとしての業務以外にも初めてチャレンジすることばかりでうまくいかないこともたくさんありましたが、事業の成長のために必要なら経験がなくても挑戦しようと思っていましたし、挑戦した結果できることが増えて成長も感じられて、とても楽しかったです。
──その次に挑戦したデザイナーブログの立ち上げや編集長業務も、梅林さんにとって、全く新しい挑戦だったと思います。
そうですね。ちょうど前任者の方が退職されて、私がデザイン組織の広報チームを兼務で担当することになりました。もともと私は言語化が本当に苦手で、そんななかでまさか自分がライティングや編集を担当することになるとは思っていませんでした。
その頃にデザイン戦略を専門とする(田中)裕一さん(株式会社ビズリーチ 執行役員 CDO)が入社して、デザイナーのブランディングやデザイン戦略への想いを聞いて、ブログを運営する意義にも共感していたので、何とか軌道に乗せたい、その一心で取り組んでいました。
はじめは、社内の広報メンバーの皆さんに頼りになりっぱなしでしたが、何十本もの記事のレビューを重ねていくうちに、次第に、記事の編集というスキルが身に付いてきた感覚がありました。最初は依頼されて担当していた業務だったのですが、こちらの考えや想いが伝わってポジティブな反応をいただくうちに、やりがいや使命感すら感じるようになっていました。
試行錯誤をするうちにMustがCanになり、いつの間にかWillになっていたという成功体験を、ブログの運営を通して得ることができました。ブログの運営を通じて身に付いた、ストーリーを考える、ライティングをする、記事を編集するというスキルは、今のコミュニケーションデザインの業務に大変役に立っていると思います。
──2018年から「HRMOS」のBマーケ施策におけるコミュニケーションデザインを注力的に担当するなかで、梅林さんは、半年に一度の社内表彰式「BIZREACH AWARDS」で、2020年の下半期にベストデザイナー賞を受賞しましたね。受賞までの経緯について教えてください。
特に評価していただいたのは、「HRMOS」シリーズのWebサイトのリニューアルプロジェクトでした。「HRMOS」シリーズの中には、採用管理、従業員データベース、評価管理など複数のサービスがあり、その当時は、Webサイトがサービスごとに独立してバラバラに存在している状態でした。「HRMOS」シリーズとして統一してプロモーションを強化していくために、Webサイトを統合するプロジェクトが動き出しました。
はじめ、そのプロジェクトにジョインした時は、デザイナーとしての役割を期待されていたのですが、リーダーシップをとってこのプロジェクトを推進する役割を担う人が不在だったので、是非やってみたいと思い、思い切ってプロジェクトマネジメントやディレクションにチャレンジしました。
プロジェクトの関係者が多かったことが、私にとっては一番大変でした。それまでは3〜4人でのプロジェクトが多かったのですが、今回は事業部長や各サービスのマーケティング担当などステークホルダーが多く、合意形成しながら物事を推進していくという進め方そのものがチャレンジでした。
スピードも品質も落とさず、関係者の意見もすり合わせながら着地点を定めていくことが難しかったのですが、いろいろな人と連携しながら合意形成して、それを形にしていく一連の工程をスピード感をもって経験できたことは大きな達成感があり、何よりとても楽しかったです。
──ベストデザイナー賞を受賞した時の率直な感想を教えてください。
嬉しかった以上に、びっくりしました。少し語弊があるかもしれませんが、私自身、ビジュアルデザインを作ることに強いこだわりを持っているタイプのデザイナーでもないですし、そこに長けているわけでもないので、まさか自分がベストデザイナーに選ばれるとは、という驚きがありました。
クラフト力だけではなく、プロジェクトに対する貢献をトータルで評価してもらえたことは、とても嬉しかったですね。
事業の成長のために、マネージャーとしてチームの力の最大化を目指す。
──梅林さんは、2022年からは、「ビズリーチ」などのコミュニケーションデザインを担当するチームのマネージャーに就任しました。マネジメントは、梅林さんにとって、また新しい挑戦になるかと思いますが、就任した時の心境を振り返って、いかがですか?
マネジメントはずっとチャレンジしたかったので、その役割を担えることが嬉しかったです。今、子どもが2人いるのですが、限られた時間の中でバリューを出すには、自分1人の力を最大化することよりも、チーム全体の力を最大化するために働きかける方が、大きな成果を出せるのではと思っていました。
子育てをしながらでも、今までと同じく、もしくはそれ以上に事業に貢献していきたいという想いがあり、育休を取得する前から「マネジメントにチャレンジさせてほしい」と上司に伝えていました。
──現在取り組んでいること、実現を目指していることについて教えてください。
基本的にメンバーは目の前の業務に向き合っているので、全体を俯瞰で見るのはマネジメントの役割だと思っています。スムーズでないことがあるなら交通整理をし、割くべきところにちゃんと集中できるように環境を整えたいですね。少しずつですが、プロセスやチームに対して働きかけたことによる効果も感じ始めているので、さらに改善していきたいです。
また、Visionalが掲げているデザイン・フィロソフィー「We DESIGN it.」にとても共感していて、自分自身がその体現者であるのはもちろん、それを全員が体現できるように環境を整えたり、メンバー一人ひとりが活躍できるように寄り添いたいです。
どこか一部分ではなく、一貫性をもって取り組むことが、結果的に量だけでなくスピードや品質に繋がり、事業貢献に繋がると思っています。そのためには、やはり総合的な観点が求められるので、自身もプレーヤーとして観点を磨きつつ、チームのみんなにも様々な役割や挑戦の機会を作りたいです。
そして、たくさんメンバーと対話をしたいですね。もし仮に、私が経験したことや知っていることで誰かの役に立てるなら、惜しみなく時間を割きたいです。仕事って、楽しい時間ばかりじゃないと思うんですよね。出口が見えずやり方が合っているか不安になることも、進んでいる道の先が明るいか迷うこともあるはずです。私自身、それも踏まえて成長してこれた自負があり、点が線になることを身をもって知っているからこそ、対話を重ねてその過程が少しでも前向きなものになるように寄り添いたいです。
──こうして梅林さんのキャリアを振り返ると、役割や事業部が次々と変化するなかで、本当にいろいろなことに挑戦し続けてきたことが分かります。ご自身のこれまでのキャリアを改めて振り返ってみて、いかがですか?
今も変わらないのですが、「このようなキャリアを実現したい」という自分の想いよりも、「仲間たちの『やりたい』を叶えたい」「その実現のために必要なことはデザイナーという役割に閉じずに何でもやりたい」と常に思っています。
「計画された偶発性理論(Planned Happenstance Theory)」という言葉があるように、その時々の偶発的な機会のおかげで、自分自身のキャリアにおける選択肢と可能性を広げてもらったと思っています。その瞬間は目の前のことが将来何に繋がるのかが分からなくても、一つひとつの機会を大切に努力し続ければ、いつか点と点が繋がり線になるということを、私はこの会社で教えてもらいました。
Visionalは、これからも大きな変化の中で成長を続けていくと思います。ここなら、何度でも自分が知らない自分に出会えるという期待感もあります。だからこそ、今後も私自身が変化しながら、目の前の一つひとつの機会にしっかりと向き合い続けていきたいです。
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